2022年3月7日月曜日

   「最後の授業」 アルフォンス=ドーデ(1840~97)

    ~ アルザスのある少年の物語 ~

  その朝、ぼくは学校に行くのがひどく遅くなってしまい、それにアメル先生がぼくらに分詞について質問すると言ったのに、まだ一言も覚えていなかっただけに、叱られるのがすごく怖かった。いっそのこと授業をさぼって、野原を駆け回ってやろうかという考えが頭をかすめた。

 すごく暖かくて、よい天気だった!  森の外れではツグミが鳴き、リペールの原では、製材所の向こうで、プロシア兵たちが教練をしているのが聞こえた。どれもこれも分詞の規則よりはずっと面白そうなことばかりだった。だが、ぼくは誘惑に打ち勝つことができて、大急ぎで学校に走って行った。役場の前を通りかかると、金網を張った小さな掲示板のそばに大勢の人が立ち止まっているのが見えた。2年このかた、敗戦だの、徴発だの、占領軍司令部の命令だの、悪いニュースは全部そこから出て来るのだった。で、ぼくは止まらずに考えた。

 「今度は何かな?」 すると、ぼくが走って広場を横切ろうとしたとき、見習いの小僧を連れて掲示を読んでいた鍛冶屋のヴァシュテル親方が、ぼくに向かって叫んだ。

 「そんなに急がなくてもいいぞ、ちび。学校なんて、いつ行っても遅れはしないからな!」

 ぼくはからかわれているんだと思った。で、はあはあ息を切らせながらアメル先生の小さな学校の中庭に入って行った。ふだんだと、授業の始まるときは大騒ぎで、勉強机を開けたり閉めたりする音や、よく覚えるため耳をふさいで、みんながいっしょにその日の授業を大声で練習するのや、それからまた先生が大きな定規で机をひっぱたいて、「ちょっと静かに!」と怒鳴るのが、道まで聞こえてくるのだった。

 ぼくはその騒ぎを利用してこっそり席にもぐり込むつもりだった。ところがちょうどその日は、まるで日曜の朝みたいに、すべてがひっそりしていた。開いた窓から、仲間がもうきちんと席に並び、アメル先生が恐ろしい鉄の定規を小脇にかかえて、行ったり来たりしているのが見えた。戸を開けて、それほどしんと静かな真ん中に入って行かなきゃならなかった。ぼくがどんなに赤くなり、びくついていたか、分かるでしょう!

 ところが、そうじゃない! アメル先生は怒りもせずにぼくを見て、とても優しく言った。

 「さあ、早く席について、フランツ君。君がいないけれども、始めようとしていたんだ」

 ぼくは腰掛けをまたいで、すぐに自分の勉強机に座った。その時になって、やっといくらか怖さがおさまって、先生が、視学官の来る日や賞品授与の日にしか着ない、立派な緑色のフロックコートを着込み、細かいひだのついた胸飾りをし、刺繍した黒い絹の縁なし帽をかぶっているのに気がついた。その上、教室全体が何かふだんと違って、厳かな感じだった。

 けれども一番驚いたのは、教室の奥の、ふだんは空いている腰掛けに、村の人たちがぼくらと同じように、黙って座っていることだった。三角帽子をかぶったオゼール老人、元村長、元郵便配達人、それからまだ多くの人たちも。その人たちはみんな悲しそうだった。そしてオゼールさんは縁がいたんだ古い初等読本を持って来ていて、それを膝の上にいっぱい開き、大きな眼鏡を両ページの上にまたがって置いていた。

 ぼくがそうしたことにびっくりしているうちに、アメル先生は教壇に上がり、さっきぼくを迎えてくれたのと同じ重々しい声で、ぼくらに言った。

 「みなさん、私がみなさんに授業するのは、これが最後です。アルザスとロレーヌの学校では、これからはドイツ語だけを教えることという命令が、ベルリンから来ました……。新しい先生が明日来ます。今日はみなさんの最後のフランス語の授業です。熱心に聞いて下さい」

 その言葉を聞いて、ぼくは強いショックを受けた。ああ!ひどい奴らだ、さっき役場に掲示してあったのはそれなんだ。ぼくの最後のフランス語の授業だって!…… ぼくときたら、やっとフランス語を書ける程度なのに! このままの状態でいなくちゃならないわけだ!……

 今になってぼくは無駄に過ごした時間のこと、鳥の巣を探して歩いたり、ザール川で氷遊びをするため、欠席した授業のことを、どんなに悔やんだことだろう!

 ついさっきまではあれほど嫌で、持って歩くのも重く感じていた文法や聖史などの教科書が、今では別れるのがひどく辛い友達のように思われた。アメル先生も同じだ。先生はいなくなり、もう二度と会いないのだと思うと、罰せられたり、定規でたたかれたことも、みんな忘れてしまった。お気の毒な人!

 先生はこの最後の授業のために立派な晴れ着を着て来たのだった。そして今になってぼくは、村の老人たちが何で教室の隅に来て座っているのかが分かった。それはもっとしょっちゅうこの学校に来なかったことを、悔やんでいるらしかった。そしてまたアメル先生が四十年間も尽くしてくれたことに感謝し、失われる祖国に敬意を表するためでもあったのだ……

 そうした思いにふけっている時、ぼくの名前が呼ばれるのが、聞こえた。ぼくが暗唱する番であった。あのややこしい分詞の規則を、大声で、はっきり、一つも間違えずに全部言えるためなら、どんなことだってしただろう。だが、ぼくは最初からまごついてしまって、悲しみで胸がいっぱいになり、顔も上げられずに、自分の腰掛けのところで立ったまま体を揺すっていた。アメル先生の言う声が聞こえた。

 「怒りゃしないよ、フランツ君、もう十分罰は受けていたはずだからね…… ほらそうして。誰でも毎日思うんだ。なあに! 時間はたっぷりある。明日覚えりゃいいって。ところがその結果はどうだね…… ああ! そんなふうに教育などは明日に延ばしてきたのが、わがアルザスの大きな不幸だった。今あの連中にこう言われたって仕方がない。なんだ! おまえたちはフランス人だと言い張っていたくせに、自分の言葉を話せも書けもしないじゃないか…… でもそうしたことはみんな、かわいそうなフランツ、君が一番悪いわけじゃない。われわれはみんなたっぷり非難されるべき点があるんだよ。

 君たちの両親は、君たちにぜひとも教育を受けさせようとは思わなかった。それよりほんのわずかな金を余分に稼がせるため、畑や紡績工場に働きに出す方を好んだ。私だって自分にとがめる点はないだろうか。勉強するかわりに、よく君らに私の庭に水をやらせなかったか? それから鱒釣りに行きたくなった時、平気で休みにしなかったろうか?……」

 それからアメル先生は、次から次へフランス語について話を始めて、フランス語は世界で一番美しく、一番明晰で、一番がっしりした言語であると言った。そしてフランス語を自分たちの間で守って、決して忘れることのないようにしなければならない。なぜなら一つの国民が奴隷となっても、その国民が自分の言語を持っている限りは牢獄の鍵を持っているのと同じだと…… 

それから先生は文法の本を取り上げて、今日の課業を読んでくれた。ぼくはそれがあまりによく分かるのでびっくりした。先生の言うことが、みんなやさしく感じられた。これほどぼくがよく聞き、先生の方でもこれほど辛抱強く説明したことはないと思う。気の毒な先生は、自分がいなくなる前に自分の知っている限りのことを全部教え、それをぼくらの頭に一気にたたき込んでしまおうとしているみたいだった。

 課業が終わると、次は習字だった。この日のために、アメル先生は真新しい手本を用意してきていた。それには美しい丸い書体で、「フランス、アルザス、フランス、アルザス」と書いてあった。まるで小さな国旗が勉強机の横棒にひっかかって、」教室中にひるがえっているみたいだった。みんな熱心で、それに静かだったことだろう! ただ紙の上を走るペンの音しか聞こえなかった。一度などは、黄金虫が何匹か入って来た。だが、誰も気を取られたりせず、うんと小さな子供たちさえそうだった。彼らはまるでそれもフランス語であるかのように、心を込めて、一所懸命、縦線を引っぱっていた…… 学校の屋根の上では鳩が小声でクークーと鳴いていた。それを聞いてぼくは考えた。

 「いまにあの鳩たちまで、ドイツ語で鳴けと言われやしないかな?」

 時々、ページの上から目を離すと、アメル先生はまるで目の中に自分の小さな学校の建物をそっくり収めて持って行きたいと思っているように、教壇の上でじっと動かずにまわりの物を見つめていた…… 考えてもごらんなさい! 四十年来、先生はその同じ場所に、中庭を正面に見て、まったく変わらない教室にいたのだった。ただ腰掛けや勉強机が、長年使われて、こすれて磨かれただけだった。中庭のくるみの木は大きくなり、彼が自分で植えたホップは今では窓を飾って屋根まで伸びていた。気の毒な先生にとって、そうしたものにみんな別れ、そして頭の上で、部屋で妹が、荷造りのために行ったり来たりしている音を聞くのは、どんなに悲痛なことだったろう! なぜなら、明日 二人は出発し、永久にこの土地を去らねばならなかったのだ。でも先生は勇気をふるって、ぼくらのため最後まで授業を続けた。習字のあとは歴史の勉強だった。それから小さな生徒たちが声をそろえて「バ・ブ・ビ・ボ・ビュ」の歌を歌った。あちらの教室の奥では、オゼール老人が眼鏡をかけて、初等読本を両手で持って、子供たちといっしょに字の綴りを読んでいた。老人も一所懸命なのがよく分かった。感激して声が震えていた。それを聞いていると実に奇妙で、ぼくらはみんな笑いたく、そしてまた泣きたくなった。ああ! ぼくらはその最後の授業のことをいつまでも忘れないだろう。

 突然、教会の大時計が正午を打った。それに続いてアンジェラスの鐘が。それと同時に、教練から帰って来るプロシア兵のラッパの音が、窓の下で鳴り響いた…… アメル先生は真っ青になって、教壇に立ち上がった。先生がそれほど大きく見えたことはなかった。

 「みなさん」と、彼は言った。「みなさん。私は…… 私は……」

 でも、何か胸につまった。終わりまで言えなかった。そこで先生は黒板の方に向き直り、一片の白墨を手に取って、全身の力を込めて、精いっぱい大きな字で書いた。

 「フランス万歳(Vive la France!)」

 それから頭を壁に押しつけたまま、そこに立っていて、口はきかずに、手でぼくらに合図した。

 「おしまいです…… 行きなさい」

2021年10月20日水曜日

 

令和3年10月21日

校長室から 第14号 

若手教師のために その14 

天籟(てんらい)

風の吹き方は様々であるが、もろもろの穴に当たればもろもろの音を出し、その音は全てそれぞれの穴が自然に出しているのだ。その音を出させようとしているのは、いったい、誰なのであろうか(そんなものはいない)、と。天地自然の世界には風を吹かせて木々に音を出させようとしている者(主宰者)などはいない。・・・そして、木の穴に風が当たって出る音は、風と穴それ自体が発する自ずからのものだ、と認識するとき、その音こそ天籟に他ならない。

風に吹かれる木々が万籟(ばんらい)の声を発するように、我々の心もまた瞬時もざわめきをやめない。我々の心のざわめきもまた自然の働きとして認識されてくる。心の働きは意識のかかわらないところで勝手に動く。心に真宰(しんさい)があるようであるが、その痕跡は得られない。情況はあっても形はないのだ。【蜂谷邦夫「老子・荘子をよむ」より】

 合唱コンクールの取組ではいつも、中学生の声って美しいな と感じます。けれど、変声期を向かえると少年時代のような美しい高音が出せなくなりますから、中学生の男声は大変です。その時期を越えると、バスのような低音を出せるようになります。

合唱の良いところは、はじめのうちは一人一人の発声がバラバラでも、練習を重ねるうちに、少しずつそろっていき、やがて一つの美しい響きになるところだと思います。

音楽って不思議です。音は一瞬でも、誰かと響きあうと永遠になる。合唱コンクールでは、その取組の中で、一人一人が自分の学級のまとまりや団結を感じることができるはずです。

 私がまだ若かった頃、学級担任をしていましたが、一つの学年に8学級あり、学級対抗の行事等で1等賞を取ることは大変でした。特に、担任として、音楽的な指導ができない合唱コンクールでの金賞は、目標だけれどかなりハードルが高いものでした。さらに、若気の至り?で生徒理解も不十分だったこともあり、学級のまとまりもよくなかったと思います。よくわからない気合いだけで突っ走っていました。合唱で気合いだ!と怒鳴っても逆効果で、生徒の声が出るはずもありません(生徒の歌声よりも先生の注意の声の方が大きい)。いつのまにか自分の顔が鬼の形相になっていることに気付きませんでした。知らず知らずのうちに、生徒に歌うこと、声を出すことを強要していたのです。しかも当時、合唱コンクールの会場は学校の体育館が当たり前で、コンサートホールのような響きは出にくいので、声量ばかりにとらわれていました。ひたすら生徒に「声をだせーっ!」と大声を出すダメな先生だったと思います。そんな中、担任として、もう諦めの境地で出てきた一つの成功?が「天籟を聴こう!」でした。天籟といっても生徒には難しいので、次のように伝えました。

先生(私)「今度の合唱コンクールで金賞を取る秘策をこのクラスだけに教える。他のク   ラスには内緒だ。このクラスには合唱が得意な人もいれば苦手な人もいる。得意な人は苦手な人を責めてはダメだ。本番までにしっかり練習して、下手でもいいから全力で歌おう。そして、他の人の声をよく聴き、心を一つにすること。」

生徒「(ぽかーん)」

先生「実は、本校の体育館には伝説があって、全力で歌い、心を一つにしようとした者だけに聞こえる残響があるんだ。その音を聴けた者は幸せになれる。願いが叶う。」

生徒「ほんとに~。先生 どんな音ですか?」

先生「無音。」

生徒「えっ!それじゃ、わからない。そもそも聞こえないじゃん。」

先生「うーむ、その~、歌い終わった直後の、、、一瞬の静寂の中、ほわーん♪ みたいな。」

生徒「(大爆笑)」

私も「ほわーん♪」で大笑いしてしまい、この時、鬼から仏の笑顔になれたと思います。携帯やスマホの無い時代でしたが、生徒間の情報網はすごいもので、翌日には、、、

生徒「先生、部活の先輩に聞いたけど、そんな体育館の伝説 聞いたことないって。」

生徒「おんぼろ体育館のきしむ音じゃねえのか。ギリギリ(笑)。」

先生「おいおい。内緒だって言ったのに。」

生徒「先輩に聞いただけで、他のクラスには言ってないもん。」

生徒「サッカー部の先輩は、また、先生のたわごとだよ だって。」

そして本番。なんと、これまでで、一番いい合唱になりました。金賞こそ取れませんでしたが、生徒からは「聞こえた」という声がいくつかあがったのです。

生徒「先生、俺、全力を出しきったせいか、なんか聞こえたような気がするんだ。」

生徒「私も聞こえた気がする。そして、幸せな気持ちだった。願い、叶うかな?」

生徒「ええっ!ほんとに? 私、頑張ったけど、聞こえなかったな。余裕もなかったし。」

生徒「金賞クラスの生徒は、みんな聞こえたのかなぁ?」

先生「(ニコニコ)」

その後、クラスはどんどん落ち着いて、なんとなくいい学級になっていきました。 

 

令和3年6月30日

校長室から 第13号 

若手教師のために その13 

電話は、学校の顔 声は心の響き

 学校内で外部からの電話に最初に出た人は、その学校の代表者です。代表者すなわち校長であると思って、責任のあるさわやかな応答をしたいものです。「受話器には目がある」と考え、見えない相手を忘れてはいけません。どんなに忙しくても、「明るく丁寧に」を心掛けていると、自然に受話器を取りながらエアーでお辞儀をするようになってきます。それくらいでちょうどいいと思います。丁寧でテキパキとした処理ができると、電話相手からの信頼も高まり、学校に電話してよかったと思われます。

通話内容を整理し、取り次ぐ場合は、いわゆる5W1Hを踏まえた上で、いつ どこで だれが なにを どうした、という能率よく簡潔な会話で要点を伝達できるようにしましょう。若いあなたは、メールには慣れているでしょうが、通話はあまりしないのかもしれません。電話対応は社会人としての基本でもあるので、おそれずに積極的に電話に出ましょう。自分のよく知らないことは、先輩の先生や副校長にたずねて、正確に応答しましょう。たとえ自分で対応しきれなくても、きちんと応答し、取り次ぎができれば大丈夫です。

電話取り次ぎの基本

1 取り次ぐ際は、必ず保留ボタンを押す

2 保留中に電話が切れてしまったら、待つ

 3 不在の理由は、簡単でよい。余計な情報は伝えない

 4 不在の場合、要件を聞いておく

 5 伝言の内容はその場でメモする

 6 クレームはこちらから切らない。相談は後でかけ直す

 相談の場合、先方の電話番号と都合の良い時間帯を聞いて、後ほど担任や学年主任の先生が折り返しの電話をしやすいようなメモを残しましょう。


2021年9月16日木曜日

 

令和3年5月28日

                校長室から 第12号 

若手教師のために その12 

スーパーティーチャーにならなくても、、、

 学校には、いろいろな教師がいて、その個性も様々です。その中には、いわゆる「スーパーティーチャー」と呼ばれる先生たちがいます。何がスーパーなのか?

 ある理科の先生の授業です。

 生徒が司会と板書をして、各班の実験データを整理し、自分たちの力で「運動とエネルギーの関係」を見いだしていく。教師は授業展開の軌道修正が必要なときだけ指導・助言するだけ。

 ある保健体育科の先生の授業です。

 はじまりの準備体操から終わりまで、なんとその先生は一言もしゃべりません。全て生徒だけで球技の授業が成立していました。

 ある社会科の先生の定期テスト問題です。

 「〇〇について述べよ。」の1問だけ。採点はさぞかし大変だったと思います。

 他にもスーパーな例はありますが、これらの先生方に共通していることは、生徒主体の授業展開を貫いていたことだと思います。そして、どの生徒も取りこぼさないという信念がありました。だから、荒れている学校、荒れている学年・学級を任せられても、それを立て直し、よき学び手に育てあげることができたのでしょう。

 今は、かつてのような一人の「スーパーティーチャー」だけで学校は回りません。「チーム力」が学校を動かします。たとえ一人一人の教師の力がスーパーでなくても、力を合わせることでより大きな原動力となります。ICT機器の活用による、仕事の効率化も望まれます。

 新採のあなたが担任を受け持つことになったら、、、ぜひ、やってみましょう。

 1 最初から、各生徒の小学校からの児童に関する情報をあてにせず、自分なりに生徒一人一人の理解に努める。(先入観の排除。その後に、小学校情報を活用していく。)

 2 生徒に関する気付きをそのつどメモし、生徒ごとに保管しておく。(紙ベースでもよいが、パソコンで、データ化しておくとのちに便利。)

 3 2のメモがたまってきたら、分類し、生徒の多面的な理解に活用する。

 4 年度はじめから、生徒にもメモの習慣を身に付けさせる。(一人1台端末で記録させてもよい。)

 5 生徒のメモできるスキルは、いずれ学活や授業での話し合い活動に活きてくる。

 1~5のような、その気になればできそうな事の積み重ねは、実は、スーパーティーチャーと呼ばれる先生がICT機器など無い時代にコツコツとやっていた例の一つなのです。努力に勝る天才なし。

 

2021年1月26日に、中央教育審議会は、「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して ~ 全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現」というタイトルのもとに答申をまとめました。機会をとらえ、全文に目を通し読んでおきましょう。

2021年9月8日水曜日

 

令和3年5月20日

                校長室から 第11号 

若手教師のために その11 

教師に必要な力とは

 学校には、いろいろな先生がいて、その個性も様々です。「その10」では、教師に必要な「力」、力量のうち、「聴く力」について掘り下げてみました。

 今回は、「洞察力」と「承認力」です。

 学校では、よく「生徒の健康観察をお願いします。」と言われます。ここで言う観察とは、生徒の見た目や様子、顔色など、目に見える部分を細かく見て、健康状態を把握してくださいということです。これに対して、洞察とは、観察した事柄から、生徒の体調や気分など、目に見えない部分を見抜くことです。教師に必要な「洞察力」とは、観察しただけでは分からないものを直感的に見抜いて判断する能力です。

生徒の様子から、「嫌なことがあったのかな」「体調悪いのかな」など、その原因や心理状態に気付くことができるかどうかです。ベテランの先生の中には、生徒の声にならない声に耳を傾ける、また、生徒の背中を見て分かってしまう先生がいます。経験の浅い若手の先生がその域に達することは難しいとは思いますが、訓練しだいでは「洞察力」は磨くことができます。一つの訓練方法として、漫画のセリフの吹き出しを想像し、そこにどんなセリフが入るか考えてみることがあげられます。

教師に必要な「承認力」は、一番大切かもしれません。生徒に心の報酬を与えられるかどうか。承認には段階があります。

まず、最初にできることは、結果承認です。できたという結果を褒める。当たり前のことかもしれません。これができないと先生としては失格かもしれません。生徒にとっても結果を出しているのに褒められない、認められないとやる気は減退するでしょう。もちろん、もっと高い目標のため、褒めないこともありますが、それにはそれ相当の信頼関係がないとうまくいかないでしょう。

次は、プロセス承認。たとえ結果が出ていなくても、その過程を褒める。結果が失敗に終わっても、それまでの努力を認める。一番簡単な声掛けは、「よくがっばったね」「いつもありがとう」だと思います。

その次は、行動承認。例えば「毎日掃除をしてくれてありがとう」という声掛けです。きれいになってありがとうではなく、掃除という行為そのものをしていることを褒める。結果はともかく、行動を認められるとやる気がでます。ここまでは、多くの先生が実践していることです。

ここから先の承認は、できそうでできていないし、場合によっては、否定してしまったり、逆に叱ってしまったりしているかもしれません。特に学生時代、優秀だった先生は気を付けましょう。

次の段階の承認は、意識承認。まだ、行動していないが、行動しようという気持ちがあることを褒める。例えば「掃除をしようとしてくれてありがとう」。これを言われると、実行したくなります。

最後は、存在承認。この世に「いてくれてありがとう」。本来は、親や家族のセリフだと思いますが、困難な家庭の子供ほど、認められたいという欲求が強いものです。その生徒の存在そのものを褒める。これが日常的にできる先生は、プロ教師と言っていいでしょう。

 

2021年9月1日水曜日

 

令和3年5月12日

                    校長室から 第10号

 若手教師のために その10

 教師に必要な力とは

 学校には、いろいろな先生がいて、その個性も様々です。「その9」では、子供たちに慕われている先生は、どんな先生なのかを示したつもりです。

 今回は教師に必要な「力」、力量について考察します。いわゆる授業力と指導力以外に教師に必要な力とは、どんな力でしょうか。次の3つが考えられます。

1 聴く力

2 洞察力

3 承認力

ここでは、聴く力について掘り下げてみましょう。聴く力とは、どんな力でしょうか。大切なのは、聞くではなく聴くということです。傾聴する力といってもいいですが、単に耳を傾けるというよりも、全身で聴くという感じ。子供からすれば、「今度の担任の先生は、本当に自分の話をよく聴いてくれるから、よかった。学校が楽しい。」という先生になりたいものです。私もそうでしたが、教えるのが仕事であるという思いから、相談に来た生徒や保護者に対して、その課題や悩みについて、ついつい解決策を述べてしまう。もちろん、解決すればそれに越したことはありませんが、悩みなどは、よく聴いてあげるだけで済んでしまうこともあります。また、たわいのない話であっても、その話に共感することで信頼が深まります。

М先生のもとには、しょっちゅう生徒が集まります。ある時、生徒がМ先生に自分のお気に入りの音楽グループのことを熱心に話していました。М先生との会話は弾んでいてとても楽しそうです。たまたまそばにいた私は、会話が終わった後、「М先生は、生徒が好きな音楽グループついて詳しいのですね。」と聞きました。すると、М先生は、「そのグループのことは全く知りません。生徒があまりにも熱心に話すものだから、つい、相槌を打ってしまっただけなんです。お陰でグループのことがよくわかり、私も少し興味をもちました。」と答えました。М先生のもとに生徒が集まる理由がよく分かりました。

教師に必要な聴く力とは、答えをもたずに聴くことができる力です。相手を受け止め、尊重する。受容の姿勢が大切です。М先生は、基本的に相手の話をしっかり受け止め、相手の気持ちを汲み取りながら聴くことのできる先生なのです。

カウンセリングマインドを身に付け、それを自然に実践できる教師になりたいものです。

 

2021年8月26日木曜日

 

令和3年4月23日

                                         校長室から 第9号 

若手教師のために その9

よい先生の条件

 子供たちにとって、よい先生の条件とは、数え上げればきりがないでしょう。教師も人間であり、子供も人間です。学級に子供が40人集まれば、それぞれに性格が違うし個性もあり、多種多様です。子供たちは、それぞれ教師に対して多くの要求をもっています。そして、一人一人の子供の見方、考え方感じ方が違っているため、教師に対する要求や期待も微妙に違ってきます。ですから、全ての子供たちの要求や期待に全て応えることはできるはずがありません。しかし、子供たちとの関わりの中で、子供が求める教師像、いわゆるスタンダードはあるはずです。

 子供たちに慕われている先生は、常に子供の側に立ち、子供一人一人を生かそうとしています。教師が子供の側に立つということは、教師が子供一人一人を理解し、深い愛情を寄せているということです。教師が子供に寄せる人間的なあたたかさをもっているということです。では、子供たちは、具体的にどのようなことを求めているのでしょうか。そんなに難しいことではありません。

 1 勉強で分からないところを分かるまで教えてほしい。

 2 自分もみんなと同じように声をかけてほしい。

 3 よいことをしたときは、褒めてもらいたい。

 4 悪いことをしたときは、きちんと叱ってほしい。

 5 悪いことをしたときは、なぜ悪いのか、みんなに教えてほしい。

 6 事件のあったときは、よく調べてから注意してほしい。

 7 何かあっても、すぐに親にいわないでほしい。

 8 もっと話を聞いてほしい。

 9 病気やケガのとき、すぐに助けてほしい。

 10 一緒に遊んでほしい。

  子供たちは、教師が本当に親切であるのか、また、熱心に教えてくれるのかなどは、直ぐに見抜いてしまいます。教師も人間であり、子供たちの多種多様な要求や期待の全てに応えられなくてもかまいません。しかし、子供の側に立って努力することはできるのです。大人の都合のよい方向でのみ考えていたら、子供をひきつけることはできません。

  瑞穂中では、めざす教師像を学校経営方針の中で、次のように示しています。

  ・いつも前向きで向上心をもつ教師

・生徒のよさや可能性を引き出す教師

・教育公務員としての自覚をもつ教師

・学校を愛し、生徒一人一人を大切にする教師

東京都は、平成27年2月に改正された【東京都教員人材育成基本方針】で、都の教育に求められる教師像を次のようにまとめています。

1 教育に対する熱意と使命感をもつ教師

2 豊かな人間性と思いやりのある教師

3 子供のよさや可能性を引き出し伸ばすことができる教師

4 組織人としての責任感、協調性を有し、互いに高め合う教師